女の子の人生、きいてみよう #04 中編

音楽で自分を肯定するということ

シンガーソングライター 吉澤嘉代子

「音楽がなかったらと思うと怖い」

吉澤さんはそう言いました。
喜びも、悲しみも、うれしさも、苦しさも。
心の中に湧き立つ全てが音楽として凝縮され、形になっていく。

ずっと〝自分〟と向き合ってきたから、そして、これからもずっと向き合っていく〝自分〟だから。
うれしい時も、悲しい時も、どんな時だって自分のことを認めてあげたい。

大切なものを「大切だ」と思える〝自分〟が愛おしい。
吉澤さんにとっての音楽は、わたしにとっての何だろう?
その答えを知っているのは、かけがえのない〝自分〟。

「目印が心の中にないと。舵を取るのは結局自分自身なので」

「女性としての生き方」として考えていること

「女性としての生き方」として考えていること

ステレオタイプなものの見方を外そうという意識はあります。

千原
吉澤さんは女性ですけど、性や〝女性〟性をどう考えていますか。
吉澤
「性」というものを〝印象〟と〝本質〟とで分けて考えようとはしています。例えば、体格や体力などの差は確かにあるけれど、文化や教育によって刷り込まれた見え方(価値観)というものがどうしてもあって、そういう枠組み───ステレオタイプなものの見方を外そうという意識はあります。その人に対して「女性だから」とか「男性だから」というよりも「その人」として見たい。「個」として接することができるようになれば、もっとみんな楽になれるのかなって思います。
千原
そうですね。フィルターとして性のイメージというものはある。
今、映画を構想しているのですが、登場人物が全員女性なんです。そういう設定をつくると、今まで疑問さえ抱かなかったいろいろな概念が崩れていく。例えば、役柄について考える時、勝手に「郵便配達の人」は「男の人」というイメージを持っていたことに気付くんですね。印象として「これは男の人がするもの」という。女性だけの設定にすることではじめて気付くことがあった。別に女の人がやってもいい仕事だよねとか、そういうことが見えてきたりします。
吉澤
子どもの頃、女の子のグループが怖かったんですね。でも、大人になって信頼できる女性と出会ったり、お話したりすることで「人はそれぞれなんだ」という意識を持てるようになった。〝印象〟というのは、その人の〝体験〟によって作られると思います。だから、嫌な思いをしたとしても、「もっと違う世界があるんだ」ということがいつも心にあれば楽になれるような気がします。
千原
実は僕も男性が苦手で。未だに男の人と話すより、女の人と話す方が楽なんです。男の人は、ちょっと怖さがあるというか。
先日、30年ぶりに小学校の同窓会に行ったんですけど、そこに僕が苦手だった男の子が来ていました。もちろん相手だって大人になっているので当時とは違うはずだし、僕も自信を持って接すればいいと思うのですが。会うとあの時の気持ちになるんです。「怖い」って。そんな中、その子と隣の席になって喋らざるを得なくなった。すると、彼が僕のことをいじめていた理由を教えてくれたんです。
彼は当時学年で一位、二位を争うくらい絵が上手かったんです。ある年、ライバルの子が引っ越して学校からいなくなった。「これでオレの天下だ」と思っていたら、同じ時期に僕がその学校に転校してきた。僕もそこそこ絵がうまかった。しかもみんなマンガの模写をしていた時に、僕だけオリジナルの絵を描いていたんです。「絵では千原に勝てない。だからいじめてた」って。
吉澤
嫉妬ですね。脅威に感じたというか。
千原
知らなかったんですけど、彼は4年前に大阪で開いた僕の個展も見に来てくれていたみたいなんですよ。「小学生の時に描いていた千原の絵のまんまだったから感動した」って言ってくれて。
吉澤
すごい!
千原
でね、いろいろ話を聞くことができました。びくついていた30年が解放された。「長く生きるといいなぁ」と思いました。

表現者として意識していること

表現者として意識していること

目印が心の中にないと。舵を取るのは結局自分自身なので。

千原
吉澤さんは表現する人間として考えていることはありますか。
吉澤
最近は、自分の心がどう動くかということだけを大事にしています。
雑音が消えて、心の声だけを探すような、思わず涙があふれる、心が動くものを探しているという感じです。そこには苦しさはあるのですが、それはすごく幸せな苦しみで。
千原
周りの声に影響されず、自分がいいと思うところだけを見ていくということですよね。
僕も最初は周りに惑わされて、自分が全然好きじゃないものまで勝手に好きな気分になっていた時期もありました。
表現者として意識していること
千原
一度、「アメリカに行きたい」と思っていた時期があって。デザイナーとしてニューヨークでオフィスを持ちたい、と。周囲を見ても、クリエイターとしてのステップアップの中で〝海外で仕事をする〟ということが一つの成功として認識されていました。その想いでがんばっていたのですが、改めて冷静になってみると「本当にニューヨークに行きたいのかな?」って。もともと東京カルチャーが好きでこの仕事をしてきたのに。そのことに気付いた時、「自分が本当に好きと思えるものをやろう」と思いました。周りで何が流行っていようが、世の中がどういう状況であろうが。
吉澤
人の意見を聞くと、逆に難しくなっていっちゃったりするんですよね。自分がやりたいと思っていないのに、その方向を目指していると目印が見えなくなる。結果として「どこに行けばいいんだっけ?」という状況に陥ってしまうことがあります。周囲の意見に納得して、自分がいいと思えたら最高なのですが、そうじゃなかったら迷ってしまう。目印が心の中にないと。舵を取るのは結局自分自身なので。
表現者として意識していること
千原
吉澤さんって、「音楽で生きていこう」と決めた瞬間ってあるんですか?
吉澤
私は子どもの頃、学校に行けなかったんですね。「魔女になりたい」って一人遊びをして過ごしていたので、家族は本当に心配したと思います。「勉強しなさい」とか「テストでいい点取りなさい」と言われたことがありません。ただ生きてくれればいいという感じで(笑)。
だから選択肢がすごく少なかった。というより一つだけ。それが音楽でした。それだけをやっとのことで守り切って、今に至るという感じです。
千原
音楽しかなかったということですね?
吉澤
そう、自分に適するものは音楽しかなかった。だから逆にすっきりしていたのかもしれないですね。
千原
特に今は選択肢が多過ぎますからね。いろいろあるけれど、どれも自分じゃないような感じで生きている人がたくさんいます。先日、朝の情報番組を見ていて、小学校低学年の子のなりたい職業の1位が、ユーチューバーを抜いて「働きたくない」でした。きっと選択肢が多過ぎて、何がやりたいか見えていないのだと思います。
吉澤
働くってすごく大変ですけど、楽しいこともたくさんあるじゃないですか。〝人生を楽しく生きている大人〟というモデルをいっぱい作っておかないと、「大人になると大変だし、辛いんだなぁ」と子どもが思ってしまいますね。
千原
大人がずっと疲れていたり、愚痴や文句ばっかり言っていると「働くって辛いんだなぁ」と思ってしまいますもんね。
吉澤
日本を変えたいな……
千原
そうですよね。変えていかないといけない。今は〝個人の夢〟というのが大事にされていますが、多分戦争が終わった頃は〝日本が豊かになる〟ということがみんなの夢だった。みんなが働くことで日本を豊かにしていった。だから誰も歯車の一つになることに疑問を抱かなかったと思うんですね。
今は、状況が変わってきていて「自分が何者かになる」ということが重要視されている中で、「何者かにならなければいけないんじゃないか」ということがプレッシャーになっている。吉澤さんのように「最初から音楽しかなかった」というケースの方が意外と幸せなのかもしれない。
吉澤
音楽をしていない、何者でもない自分でも幸せでいたいですよね。今は幸いにもステージに上がっている時の私は、皆さんに耳を傾けてもらえるのですが、ステージを降りれば別にそういう特別な扱いをされることはない。むしろ生きるのが不器用な人になってしまうので、そういう時に「自分をもっと認められたらなぁ」と思います。好きな音楽を仕事にできている私が言うと説得力がないのかもしれませんが、「何者かでなくてはいけない」必要はないと思うんです。
最初の話に戻りますが、「自分で〝自分〟を認めるということ」。そうなれたらいいよねって。

プロフィール

1990年、埼玉県川口市生まれ。鋳物工場育ち。
ヤマハ主催「Music Revolution」でのグランプリ・オーディエンス賞のダブル受賞をきっかけに2014年メジャーデビュー。
バカリズム作ドラマ「架空OL日記」の主題歌として「月曜日戦争」を書き下ろす。
2ndシングル「残ってる」がロングヒットする中、2018年11月7日に4thアルバム『女優姉妹』をリリース。
今年デビュー5周年を迎え、11月には地元川口で「デビュー5周年記念 吉澤嘉代子のザ・ベストテン」を開催。

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