約120年の歴史をつむいできた「和歌山ニット」
和歌山ニットは、1900年初頭に和歌山市に導入されたスイス製丸編み機からはじまったとされています。大正末期頃になると、和歌山は丸編みニット生地の全国シェア1位を誇る産地へと成長。「和歌山ニット」の名で広く知られるようになりました。



坂本繊維工業は1968年に創業した、染色・加工前の丸編みニット「生機(きばた)」を生産する、「ニッター」と呼ばれる会社。社長の坂本榮治さんは、物心ついた頃からカタコンコトンという編み機の音を聞き、工場で働くご両親の姿を見て育ったそうです。

坂本社長:うちには、創業当時のレトロな編み機からコンピュータで管理する最新の編み機まで豊富に揃えています。編み機の多くは、長年の経験と知恵を加えてカスタマイズされたもので、サイズや編み方などさまざまなご要望に応えることができます。なかには、うちでしか編めない、特許を取得した編み地もあります。『坂本繊維工業に言えばなんとかなる』と思ってもらえる会社でありつづけたいですから
農作物である綿がニット生地になるまで
ニット生地の主原料となる綿は、アオイ科ワタ属の植物。夏から秋にかけて、うすい黄色やピンク色の花を咲かせます。

綿は、繊維の長さや産地によって特徴が異なり、それぞれの性質に合わせて使われています。たとえば、364コットンの原材料に使われている綿は、繊維がとても細くて繊細。しなやかで光沢にすぐれた高級感のある生地をつくるのに向いています。


綿は、紡績工場で糸に紡がれています。糸にするときは、綿の繊維を解きほぐして1本ずつに分離し、平行に揃えて束ねて引き伸ばして縒りをかけて「紡績糸」にしていきます。


糸を編み機にセットし、回転運動によってニットを編み上げていきます。リズミカルに生地を編み上げていく小さな編み針の動きは、つい引き込まれていつまでも見てしまいそうになります。

「いつも同じ品質」をあたりまえに保つプライド
丸編みニットは、編み地ならではの伸縮性の良さと風合いのやわらかさが魅力です。しかし、編み物をしたことがある人ならわかると思うのですが、編み目が揃っていないとニット生地は均一にはなりません。

沼さん:ニット生地の呼称のひとつメリヤスは、『莫大小』―大きいも小さいも無い、という漢字が当てられるほど不安定です。しかし、坂本繊維工業はいつも同じ品質の生地を編み続けてきました。工場の社員からすると『いつも同じ品質の生地ができるのはあたりまえ』という感覚でしょうね。その背景には、創業当初から掲げる『品質の高い生地づくり』という理念を、実現する生産環境をアップデートし続けてきた経営者の努力があると思います。
坂本社長:先代から受け継いだ品質へのこだわりに加えて、ワコールさんとお仕事するときに求められる“超”がつく厳格な品質管理基準も僕らの財産になっています。また、ワコールさんの品質管理基準をクリアしていることが、企業としての信用を得ることにもなっているんです。ただ、いくらうちが最新の機械を揃えていても、良い糸を提供していただけないといいものはつくれません。いい仕事は、その過程に関わるみんながそれぞれの役割に責任をもってはじめて成り立つものだと思います。

いい綿を育てる農家の人たちがいて、それをいい糸に紡ぐ紡績工場の人たちがいる。そして、その糸をよい生地に仕立てる、坂本繊維工業のようなニッターの人たちがいて、ウンナナクールは364コットンをつくることができたのだと思うと、背筋がピンと伸びる気持ちになりました。
364 コットンの生地のこだわり
364コットンを担当したデザイナーがこだわったのは、商品コンセプトである「かっこよさ」と「やわらかさ」を両立させること。「綿でありながらピリッときれいで、光沢感のあるかっこいい仕上がりにしたい」と、それを実現できる生地を探しているとき、相談したのが沼さんでした。
沼さんは、お客さんがつくりたいものに合わせて、原料となる綿を選んで糸に紡いでもらい、その糸で編んだ生地を提案するスタイル。
沼さん:生地屋さんは、希少な綿を手にいれると『これを生地に編んで売りたい』と思ってしまいがちです。でも、たとえば魚沼産のコシヒカリを使えば、どんな料理もおいしくなるわけではないですし、それぞれの料理に合うお米を選んだほうがいいですよね。デザイナーさんのやりたいことを受け取って、綿を選び、糸と編み方、染め方を考えていくほうがいい。だから、僕は打ち合わせに生地サンプルを持っていくこともしません。どうしても、目の前にある生地にとらわれて、イメージが自由に広がらなくなるからです。
打ち合わせでは、お客さんが口にする「気持ちいい」「やわらかい」などの形容詞を咀嚼しながら、「それならこのくらいの厚みで、糸の太さはこのくらいだな」と組み立てていくのだそうです。繊維業界での豊富な知識と経験に加えて、クリエイターを理解する感性も兼ね備えている、沼さんならではの打ち合わせスタイルです。

沼さん:僕の仕事は、デザイナーさんのやりたいことを具現化すること。たとえるなら『こんなワインが飲みたい』と言われたとき、ぴったりのワインを選ぶソムリエみたいな感じです。今回は、デザイナーさんのやりたいことが非常に明確でしたので、最初の打ち合わせでだいたい求められている生地をイメージできていました。
沼さんが選んだのは、アメリカ産の希少な綿。今回は、その綿で生地をつくり、シルクのような風合いと光沢感を与える「シルケット加工」を施すことにしました。仕上がったサンプルは、デザイナーにとってまさに求めていたものにぴったり。もちろん、デザイナーは一発でOKを出しました。

「手は正直です。いいものは、引き出しを開けたとき自然と手が選んでしまう」という沼さんの言葉が心に残っています。良い綿から紡いだ糸で編み上げられた生地には、手が自然に選ぶ心地よさがあるのです。次回の「364 cotton fabric story」では、364 コットンの生地のシルケット加工と染色をしている貴志川工業さんにお話を伺います。

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取材・文/杉本恭子、撮影/吉田亮人