綿生地をシルクのような光沢にする「シルケット加工」
約120年の歴史ある、丸編みニットの産地・和歌山。前編で紹介した坂本繊維工業さんのような「ニッター」が編み立てた「生機(きばた)」を染色・加工する会社や、テキスタイル開発や縫製を行う会社が集積し、互いに協力しあいながら「和歌山ニット」の技術と文化を築き上げてきました。
今回、ウンナナクールが訪ねたのは貴志川工業さん。綿素材にシルクのような光沢感を与える「シルケット加工」の技術に優れた、染色・加工の会社です。
「364コットン」をつくるとき、ウンナナクールのデザイナーがこだわったのは、商品コンセプトである「かっこよさ」と「やさしさ」を両立させること。「綿でありながらピリッときれいで、光沢感のあるかっこいい仕上がりにしたい」という強い思いがありました。その思いを受け取ってシルケット加工を提案してくれたのが、坂本繊維工業の沼さんでした。
シルケット加工は、綿の繊維を膨潤させて引っ張り、平滑性を高めることによってシルクのような光沢を付与する技術。また、ニットの場合は編み目のループ形状の安定性を高め、生地にハリが出て洗濯時の縮みを抑える効果もあるそうです。
もし、364 コットンをもっている方なら、表側の生地には光沢とハリがあり、肌に触れる裏打ち素材はふんわり柔らかいのに気づいていただけるはず。「ふむふむ、これがシルケット加工!」とうなずきつつ、つづきを読んでもらえるとうれしいです。
生地サンプルをつくる実験室「ラボ」
色は、デザイナーが最もこだわるポイントのひとつ。貴志川工業さんは、デザイナーが思い描く色を正確に再現できるように、素材の特性を考慮しながら染料を調整しています。実は、綿生地を染めるのは意外と難しいものなのだそう。
高林さん:綿に対する色合わせは非常に難しいです。その特性上、染料は50%くらいの割合でしかつかない。ちょっとした条件の差で、ラボで行うビーカーワークでは60%ついていた染料が、現場では55%になってしまうこともあります。また、パーツがいろいろある製品の場合は、ひとつの製品として色が合うように素材ごとの色調整も考えなければいけません。
色の調合や染色テストを行う、ラボにもお邪魔しました。さまざまな実験器具や色あざやかな染料が並ぶテーブルの向こうで、ちょうどビーカーのなかで小さなサンプル生地が染められている最中でした。「364コットンの生地の染料も、こんなふうにして調合されたのかな?」とつい想像してしまいます。
高林さん:ラボでは、お客さまからの要望に合わせて色と加工方法を決めて試験反を行います。たとえば、ポリウレタン生地の伸縮性をほどよいキックバックに留めるために『プレセットを何℃で何分間通すか』ということも、試験反の段階で決めてデータに起こします。その後、データの再現性を確認する見本反、量産しても同じものに仕上がるかを確かめる中量反を経て、本番反へと進めます。
ラボの試験結果から組み立てた加工指示と作業スケジュールに沿って、それぞれの生地の染色・加工がはじまります。「せっかくですから工場も見ていってください」と高林さん。お言葉に甘えて、工場もご案内いただきました。
生地を染色・加工するプロセスを工場で見学する
ニッターから入荷する生機は、倉庫に常時1万反以上在庫しているそう。生機はいきなり染色機に放り込まれる……なんてことはなく、いくつもの準備工程を通っていきます。染色可能な状態にするために、円筒型の丸編みニットの生機を切り開いたり(開反)、染色機に投入する前に縫い合わせて1本にしたり(結反)。丸編みニットならではの工程が、染色直前に生機を再び円筒形に縫い合わせるタッキング。ニット生地の耳がくるくる巻き上がって、色ムラを起こすのを防ぐために行うそうです。
高林さん:せっかく開反したのに、染色中のたった数時間のために縫い合わせて、染色後は人の手で糸を抜いていく。正直言えば、一番やりたくない工程ですが、ここで手を抜くとまともなものが上がってこない。出荷できない生地になってしまうんです。
生機に含まれる不純物を除去するなどしたのち、いよいよ染色へ。貴志川工業では、素材によって染色機を使い分けているそうです。
高林さん:染色後は生地を脱水・乾燥させてから、染色ムラやシワ、汚れやキズなどをチェックする中間検査を行ってから仕上げ(ファイナルセット)に進めます。中間検査がなければもっと早く仕上げられますが、このひと手間をかけることでお客さまの信頼を勝ち取ってきました、創業以来のうちの伝統なんです。
ひとつの生地は、1週間から10日間をかけてこれらの工程を進んでいくそうです。
工場を見学しながら、日常のなかで使っているいろんな生地のことを考えていました。洋服、下着、小物、寝具……。それらはすべて、こんなふうに染色・加工されているのだと思うと、知らなかった世界の扉がひらくような感覚がありました。そして、私たちがなにげなく使っているものを、こんなにも真剣な仕事ぶりで、ていねいにつくってくれている人たちに対する感謝の気持ちがじわじわと湧き上がってきました。
生地の厚みや伸縮性を保ち、指定された色に染め上げる
364コットンの素材となる、綿の丸編みニット生地の染色・加工については、特にくわしく教えていただきました。
高林さん:我々が扱うニットの生機は、いわば編み物。そのままだと安定しないので、編み目のループを管理することが一番の肝になります。円形の編み機でスパイラルに編み立てるニット生地の編み目は、どうしても斜めになりやすい特性があります。そもそも、ループとループは自由に動くもの。その編み目をまっすぐに整え、生地を安定させるためにたゆまぬ努力をしています。
私たちが何気なく着ているTシャツやカットソーを、縮みや型崩れから守ってくれているのは、貴志川工業さんのような会社があるからなのです。「まるで繊維の魔術師のようですね……」と思わずつぶやくと、「魔法で簡単にできればいいんですけどね」と高林さんはニコッと笑ってくれました。
高林さん:ループとループでゆるく結ばれた編み地の風合いを保ちつつ、編み目を留めて安定させるために日々改善を繰り返してきました。今の我々の技術は、何十年という年月のなかで培ってきたものなんです。
貴志川工業では、IT化にもいちはやく取り組み、社内に蓄積された技術や経験をデータ化してきました。社長の吉田篤生さんは、工業における職人性についてこんなふうに話してくださいました。
吉田社長:染色や加工の正確性は、物理と化学に裏付けられるもの。我々の仕事は伝統工芸ではなく工業ですから、毎回絶対に同じものをつくれるはずだという考えのもとで仕事をしています。そのためには、社員を職人に育てるのではなく、社員の経験や技術と工業を組み合わせて、『会社を職人にする』ことが大切なのだと思います。
「会社を職人にする」という言葉に、ものづくり企業としてのプライドを感じました。坂本繊維工業さんと同じく、貴志川工業さんの工場もとてもきれいに整っていました。糸くずや端切れが出る工程も、水を使う作業もあるのに、清々しいほど整理整頓されていました。
吉田社長:日々、身の回りの整理整頓を怠らないことを大事にしています。先代から『きれいなものは、きれいなところでしかつくれない』と教えられましたから。仕事のレベルを上げるのは難しいけれど、気を抜けば簡単に下がってしまう。だからこそ、厳しい品質管理基準を求められる、ワコールさんとおつきあいさせていただくことが、我々の仕事のレベルを高めることにもつながっているんです。
今回、和歌山でふたつの会社を訪問して、ウンナナクールのものづくりがどれほど多くの人に支えられているのかを改めて実感しました。共通するのは「お客さまによいものを届けたい」「誇りをもって仕事をしたい」という気持ち。これまで以上に自信をもって、364 コットンを届けていきたいと思います。
364 cotton fabric story~「364コットン」の生地を訪ねて:坂本繊維工業さんのお話~を読む
取材・文/杉本恭子、撮影/吉田亮人