女の子の人生、きいてみよう #01 前編

作家 川上 未映子

本書は、2019年4月15日に行われたウンナナクールが主催する、作家・川上未映子さんとアートディレクター千原徹也さんのトークイベントを編集し、収録したものです。

川上さんは、「女の子、登場。」というウンナナクールのステートメントをはじめ、伊藤万理華さんの「わたし、いい度胸してる」や、のんさんの「わたしは、わたしの夢をみる」などの年間テーマも書いていただいています。約50人の女性を前に、女の子が自分自身のからだとこころで生きていくことを強く肯定し、応援してくれた川上さんの言葉をお届けいたします。

「わたしは、わたしの夢をみる」

解釈の余地がある詩にしたかった。

川上
「わたしは、わたしの夢をみる」は2019年の年間テーマとして考えた言葉です。「夢」には、叶える夢もあるし、眠りのなかで見る夢もある。今の世の中は、夢をみることよりも、外からの圧や要求を打ち返していくことが優先されていますよね。でも、そうではなく、「夢をみる」という言葉をとても個人的な、ポジティブなものとして捉え、「自分のために夢をみていいんだ」という気持ちをエンパワーメントしたいと思ったんです。
秘密を打ち明ける一度きりのまなざしで 夢をみるわたしの目
燃える悲しみとかあるよね
瞬きするごとに膨らんで
ときどきこぼれたりするけれど
花に浮かぶ蜜蜂みたいに
夢をみるわたしの指
編んで結んで 解きかたを忘れたころ
いちばん好きな模様になる
叫びながら囁くように
夢をみるわたしの唇
言葉はいつも息を切らして
失くしたものだけがきらめいている
きみの旨の虹をめざす
すべてを吹き飛ばすような嵐がきても
夢をみるわたしの髪
ねえ、しっかりつかまって
光ってみえるあの場所に
わたしがきみを連れてゆくから
風走る草原の波のように
夢をみるわたしの耳
笑ったのはなぜ?泣いたのは?
抱きしめが必要な夜ならどうぞ
いつか本当の名前を教えてよ
誰かの甘い魔法はないね
わたしは、わたしの夢をみる
「夢」というのは人生の象徴でもあります。世界の方が主体で、自分たちは時々現れる現象なんじゃないかという感覚があって。夢には「儚さ」があるけれど、それでもしっかりとみる。儚いものをしっかり捉えるという両義的な意味があるといいな、と。
今回、ウンナナクールに興味をもってくれる人たちと共有したい、と思ったのは、みんなを圧倒して、納得させて、結果を出すような、「自分を実現していこう」という強さではないと思いました。ささやかな夢でもいい。寝ている時にみる夢が他の誰かと共有できないように、「夢」というのはすごく個人的で大事な領域で、それをひとりひとりが持っているということが大切なんだという気持ちも込めています。
強い言葉は使わずに、読んだ時にそれぞれのイメージに接続されるような抽象性のある言葉にしようと思いました。

「女の子、登場」

あなたの気持ちは、あなたのもの あなたのからだは、あなたのもの

千原
「女の子の人生を応援する」という理念がウンナナクールにはあります。僕がウンナナクールのリニューアルに関わるきっかけをいただいた時、考える間もなく川上さんの姿が思い浮かびました。
川上
 色んなことが、本当にすぐ決まったよね。女の子のことについて、言葉にしたいことはたくさんあったから。それで最初に書いたのが「女の子、登場」でした。
  
女の子、登場

女の子の気持ちとからだをめぐる問題は、複雑です
「女の子らしくしなさい」「可愛らしくありなさい」そう言われつづけて
出会う物語は、たとえばシンデレラ、白雪姫、マッチ売りの少女、人魚姫
王子様に迎えてもらって幸せになるか、最後は不幸になるお話ばかり

女の子に与えられた理想は、長いあいだ、最高の男性に出会い
誰かに幸せにしてもらうことでした
そのために美しさ磨き、難しいことは考えない
それこそが女の子のしあわせなのだと

それをしあわせと思う女の子も、もちろんいます
でも、いろんな女の子がいるはずです

大切なのは、女の子が生きるための選択肢が
ひとつでも多く増えること

誰かに好かれるために可愛くなりたいのではなく
自分がなりたいから、なる
しあわせの価値は、自分で決める
女の子である自分のからだと生きかたを、自分で、肯定する

ただひとつの、かけがえのない自分のからだに
今日。はじめての下着をつけるとき

それはひとりきりで自分にむきあう、ささやかな儀式
しっかり胸を、はれるように

あなたの気持ちは、あなたのもの
あなたのからだは、あなたのもの

努力も憧れも、自分自身のためでありますように
川上
「ウンナナクールはこういうテーマでいきます」というステートメントのようなものです。私と千原くんのチームは「こういう気持ちで女の子の下着の広告をつくっていきます」という。
説明っぽいんじゃないかとか、広告としては直接的過ぎるんじゃないかとかも考えました。でも、これまで女の人の身体をテーマに小説も書いてきて、今回のお仕事で、下着についてみなさんに伝えることができるのであれば「凝縮したい」という気持ちがありました。
今でも三年前につくった『女の子、登場』を大事に持っていてくれて、サイン会に持ってきてくれたりする方もいます。

あなたの気持ちは、あなたのもの
あなたのからだは、あなたのもの

女の子の人生を応援する

川上
「胸のかたちとか、デコルテを出した方がきれいだなあ」とか───〝自分の気持ちが上がる服〟ってあるじゃないですか。そんな服を着て出かけると、「オレのために着てくれたのか」と思う人がやっぱりいるんですよ。あるいは「それって誘ってるよね」的な(笑)。「いや、ちゃうから」っていう感じなんですが。個人の考えや気持ちよりも、黙ってるだけで性的に消費されてしまうことが本当に多いんです。
下着というのは、そういう理不尽な状況もふくめ、女性の人生や内面、抱えてきたコンプレックスのようなものとすごく密接にあります。思春期の女の子が「下着を買いに行こう」となってウンナナクールのお店に行った時、「自分の気持ちは自分のもの、自分のからだは自分のものやし、自分がかわいいと思うことを、自分のために胸を張って言っていけるように」言葉にふれてもらえたらと思うよね。
好きな男の子や好きな女の子がいて、「その人のために変わりたい」とか。「何かのために変わりたい」と思うことはすごくいいこと。でも、そっちにすべてを預けないというか───選択はこっちにある。自分の幸せは、自分が決めるものやし、自分で決めていいとウンナナクールさんは背中を押してくれる。
そういう意味では、下着っていうのはすごい大きいと思います。
  
わたし、いい度胸してる

これはむり もうむりだと髪はからまり
街も人も約束も遠ざかった 息もたえだえの水曜日
けれどわたしのからだは起きあがり
ベランダにでて 遠くからやってくる朝をみる

なにもかもがそれだけで光る空は扉
手をのばしてもよいのだろうかと躊躇するくせを
いつかきみに笑われたっけ

神さま、なんてもう言えないくらいにわたしたち
大人にはなったけれど

息を吸って
あの光 あの匂い 大切なものすべてこの胸に映そう
そしてわたしのこころは熱をおび
誰でもない何かにむかって放ちたくなる

すべての種類の小さなさけび
勇気を
わたしに

こんな遠くまで来たことを笑える広さを
憂うつの手をにぎり放りだすことのできる柔らかさを
どんなに小さな声も聞きもらさない賢さを
大好きな人に笑ってまたねと手をふれる強さを
嵐がすぎるのをまたないでいられるしなやかさを
すべてがすべてを忘れてしまうことをもう悲しまない
勇気を

だいじょうぶ
わたし、いい度胸してる
川上
 いつも仕事をしている40歳位の女性編集者がいて、1作目の広告(『女の子、登場』)と2作目の広告(伊藤万理華の『わたし、いい度胸してる』)を見て言ってくれた言葉を今でも覚えてて。
「私がはじめて胸が膨らんできた時にウンナナクールの広告があったら、あんなみじめな気持ちで下着を買いに行かなくて済んだのに」
それがとても切実で。広告って、いろんなことを思いだしますよね。

プロフィール

1976年8月29日、大阪府生まれ。 2007年、デビュー小説『わたくし率イン 歯ー、または世界』が第137回芥川賞候補に。同年、第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。2008年、『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞。2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で第14回中原中也賞受賞。2010年、『ヘヴン』で平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞受賞。2013年、詩集『水瓶』で第43回高見順賞受賞。短編集『愛の夢とか』で第49回谷崎潤一郎賞受賞。2016年、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞受賞。「マリーの愛の証明」にてGranta Best of Young Japanese Novelists 2016に選出。他に『すべて真夜中の恋人たち』や村上春樹との共著『みみずくは黄昏に飛びたつ』など著書多数。『早稲田文学増刊 女性号』では責任編集を務めた。最新刊は短編集『ウィステリアと三人の女たち』、7月に長編『夏物語』が刊行予定。

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